カテゴリー「耳袋的話題」の記事

入間にあったツチノコ生息地のこと

ear入間市藤沢にある熊野神社に関する伝説。

この神社は、ヤマトタケルや新田義貞の伝説がある古い神社ですが、元は今の場所から少し離れた「明けの沢」とか「妙がハケ」という場所にあった。そこは不老川の段丘崖になっていて、清水が湧いていたsweat02という。

元は、飛龍神社という名であって、この霊泉を神と祭っていたのであろうということだ。それが、那智の滝を神体とする飛龍社と同一視され、熊野宮ということになったとみられている。旧社地には、跡地の碑が建てられている。

問題はその飛龍神社が街道沿いの現在地に移転した理由ですが。

ひとつは、新田義貞が鎌倉攻めの際、当地で烏=熊野様の使いが旗上に留ったことを勝利のお告げとして士気が上がりup、幕府を滅ぼすことができた。これを感謝して新しい社殿を建てたというもの。

もうひとつは、社地が崖地だったため崩れてきて狭くなったため移転した。

そしてもうひとつ、ツチという頭が二つあるヘビのようなものがいて、車輪のようにころがって追いかけてくるtyphoonので、神主が社に近づけなかったからcoldsweats02というもの。

一つ目は、史実としては確認できないが、近くを鎌倉街道の枝道が通っていて、合戦のあった小手指にも近い立地から、信憑性がありそうに思わせる、いわゆる新田義貞伝説である。

次の、崖が崩れて、というのは、これも現場へ行ってみると今も崩れてきてるwobblyのでありうると思わせる。

そしてツチだが、頭が二つあって、車輪のように転がってくるなんて全く不可解な話coldsweats01

でもよく考えると、これは全国的には「ツチノコ」という名前で知られているものの一種sign01

そう思って妖怪大事典やネットで情報を探ってみると、ツチノコは妖怪の類というよりは「未確認生物(UMA)」っていうことになっている。今でも真剣に探している人たちがいるわけなので・・・(^-^;

ツチノコに共通する特徴としては、「短くて胴が太いヘビのようなもの」で、「転がってくる」ということがあるようだ。ツチは槌のことらしいので、転がるっていうのは横倒しでゴロゴロ転がってくるのかと思っていたが、体を車輪状にして転がってくるという例は他にもあったので驚いてしまったsign02

現場は近年、近くの道路が広くなったりして、昔の面影はわからないが、跡地の碑がある一角だけは、木が茂り、崖が崩れ、近寄りがたい雰囲気であるdespair

村はずれであり、聖地、特別な場所として、人を近づけないためにツチがでたとも思えるし、「未確認生物」だとしたら、こういう場所に生息してたのだろうかjapanesetea

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蝉の幼虫異名

ear入間市内でも地域により方言が違うという話。

蝉の幼虫の不思議な呼び方。

宮寺、二本木「かんたろう」

金子「かんた」

新久「せみうま」

小谷田「せみのうま」

「かんたろう」派と「せみうま」派はどちらも譲らず、お互いにそっちがおかしいと言い合うのが常だという

さらに驚きなのは

野田では、「蝉の抜け殻」のことを「はやけこぞう」という。

「はやける」は、孵化したり、羽化すること。

それでは生きてる幼虫は?と聞くと、その「はやけこぞう」の人は、「別にない、蝉の幼虫だ」と言っていたそうです。

「かんたろう」や「せみうま」は生きている幼虫のことで、抜け殻のことはそう言わないようです。

旧元狭山村の方言集には、抜け殻のことは「せみがら」とありました。

同書によれば、子どもたちは、「せみがら」の前足の関節部分を麦わら(むぎから)にはめてキセル状のものを作り、口に含んだ水を噴水のように噴き上げて遊んだそうです。

「かんたろー」の方は、かんたろーのいる穴を見つけて水攻めにして捕まえる。つーし(小ザル)をかぶせて縁側に置いておくと翌朝脱皮して蝉になっている。これが、「かんたろー」の遊び方!

他に、二の宮(あきる野市)では「せみのこま」、瑞穂町では「あなぜみ」という。

そうやって、こどもは自分たちの遊び相手である小さな虫、抜け殻にまで、愛嬌のある仇名をつけていたということで、その仇名がたくさんあるということは、それだけたくさん遊ばれていたということでもあるわけ。

蝉の初鳴きを聞いた日

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富岸の津波伝説

神田の古書店で、30年ぶりにすごく懐かしい本に再会happy02

知里真志保・山田秀三「室蘭・登別のアイヌ語地名」。

猫子さんが初めて図書館で借りた本の1冊(゚▽゚*)

(ちなみにもう1冊は水木先生の「のんのんばあとオレ」delicious

その中に、現在登別市内の富岸を襲った津波にまつわる伝説が

書かれていました。

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トンケシ 

語源は「ト・ウム・ケシ」(沼・尻・の末)。

昔ここに大きな村があり六人の首領が住んでいた。

或る時、日高のドヌウオウシという人がここを通ったら、

前記キウシドの上に兎が一匹立っていて、

沖の方へ両手をつき出してしきりに何物かを招きよせるような身振をしていた。

そこで彼はトンケシの部落に向かって

「津浪が来るぞ、早く逃げろ」と叫んだ。

六人の首領たちはたまたま酒宴をしていたが、

いっせいに立ちあがって

「へん、津浪なぞきてみろ、こうしてやる、ああしてやる」と云いながら

刀を抜いてふりまわしていた。

ドヌウオウシは呆れてそのままいっさんに虻田の部落の方へ走り去った。

そのとき彼の背負っていた鞄が背中のうしろで一直線になったまま

落ちなかったほど物凄い速力だったという。

彼が有珠の部落まで来たとき、

はるかうしろで津浪のまくれ上がる音がした。

この津浪で古いトンケシの部落は亡びてしまったという。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

アイヌの人たちが伝えた話から

やっぱり津波ってあるんだ、と改めて認識しました。

国道も鉄道も通っている海岸沿いだし、

今だったら富岸だけではおさまらない被害になります。

今朝も地震があったので

浜の方で地震にあったら逃げるんだよーsign01と実家に電話しましたshock

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