カテゴリー「土蔵造り銀行」の記事

土蔵造りの銀行を訪ねて 東松山編5

東松山編、不明な点が多いので、後からわかったことを書き留めておきますpencil

東松山市、もとは松山町でした。松山城の城下町で、江戸時代には日光脇往還の松山宿。五・十の市が立ち、米穀などが取引されました。これが現在の本町通りで、今回その一部を歩いたわけです。近代には比企郡役所がありました。養蚕も盛んで、そういえば十年ぐらい前までだったか、日本シルクの工場があって、入間市内の繭もそこに出されていたんじゃなかったかな。文書庫になっている巨大な倉庫の中にも、昔は担保の繭が入ってたに違いありません。

さて問題は、今回訪ねた銀行跡地?の公園と、巨大倉庫は何銀行だったのかdollar明治から大正時代にかけて、松山町にどんな銀行があったのか、拾ってみますと、

松山銀行

武蔵松山銀行(明治32~昭和6倒産) 

昭和18年に県内の銀行が埼玉銀行に統合された時の一覧を見ると、埼玉銀行松山支店(松山町大字松山4535)と埼玉銀行松山西支店(松山町大字松山4381~2)がありました。ただし西支店は昭和19年に廃止になっている。

それが元何銀行だったかということなんですが、

埼玉銀行松山支店は武州銀行松山支店。その前は黒須銀行松山支店だったsign03そう、黒須銀行は、豊岡町本店のほかに、明治34年に所沢出張所、44年に川越支店、大正7年に入間川支店と松山支店を出していたのですbank

うっかりしてたネ・・・coldsweats01

黒須銀行が大正11年に武州銀行に吸収されても、しばらくは元の店舗を使っていたでしょうから、もしかして、どっちかがどっちかなのかも~happy02

もうひとつの西支店は、明治35年から第八十五銀行松山支店で、その前は第八十五国立銀行松山出張所。ちなみに第八十五銀行本店は、今の埼玉りそな銀行川越支店(国登録文化財)です。

公園の方は今は本町で、倉庫は材木町ですが、すぐ近く。昔の地図があればわかるのではないかとも思いますが。また、おいおい調べようと思います。

なお、東松山編のきっかけになったのは、東松山市文書庫のことを、こちら津乃国さんのホームページで拝見したからです。内部の様子も写真で出ていますm(_ _)m

http://www.tsunokuni.net/essay-i-2.htm

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土蔵造り銀行を訪ねて 東松山編4

札の辻を入ると、目標の建物が見えてきました。旧埼玉銀行東松山支店倉庫(たぶんcoldsweats01

Photo 表面は覆ってあるように見えますが、そこにパルテノン神殿みたいな絵が描かれてるのですcrown

巨大建物=パルテノンshineていうことかな?そういえば、市役所の近くにも、そんな柱が並んでる建物があったっけ。

未確認情報ですが、レンガ?かも。そうすると、旧本庄商業銀行倉庫(国登録)と似たような雰囲気だったのか?あっちは2階建てだけど。

Photo_2 扉や窓の感じはそんなふうかも。土蔵とは違う。

倉庫の手前が広く開いてるので、銀行の店舗があったんだろうと思われます。

今にしてみると、どうしてこんな細い道のところに?と思いますが、きっと古いメインストリートだったんでしょう。

この付近の道は不思議な感じに曲がっています。

Photo_3 クランクになってて、その先に銀行、ということになっています。

銀行の隣はこんな酒屋さんでした。ここでも桜色のお酒をお土産に買いましたsmile

Photo_4

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クランクの反対側はこんなお店。レンガの大きな袖壁がすごくきれいです。

そしてこの店の左の細道を入ると、

Photo_6 路地ですsign03もうこの時点では、頭の中に「ワンダー!」「迷宮」といった言葉がいっぱいでしたtyphoon

この路地の道は遊歩道みたいにきれいになっていてshoe、レトロ感あふれる廃屋や、地元のおばあちゃんが茶飲み話してそうな眼鏡屋さんeyeglassに、何屋さんかわからないお店とかもう、不思議な空間になっている。札の辻からこの路地にかけて、さりげなく気になるところだらけ。さりげなさ過ぎて掲載をはばかるようなもったいないのもあったし・・・coldsweats01

もう、今回は情報なくって行ったために、ほんとにびっくりで、かえって面白かったわけですcat

Photo_7 路地を抜けて、最終目的地eventやきとりの「こうやんち」へ。4時からやってるsign01

東松山のやきとりって豚だと思ってたけど、カシラ肉メインだって初めて食べました。辛いみそだれをつけて食べるせいか、おいしくってけっこう食べちゃいましたpig

隣に座った人が言うに「この店40年前から来てるけど、まったく変わってないよ!」

それから名前は「こうやん」かと思ってたら、「紺屋んち」。なるほどー。

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土蔵造り銀行を訪ねて 東松山編3

1 実はあとでわかったのですが、この通り、かつての日光脇往還でした。八王子から日光をつなぐ昔の幹線道路。その松山宿の場所なのでした。

市役所から通ってきた道も、古くからの道だったようです。

今は駅と離れてしまい、道路もバイパスができたので、流れが変わってしまったのでしょうか。空き地や空き店舗が目立ちますが、

Photo_12   

屋根をネットで覆った店蔵。

レトロ感あふれるガソリンスタンドとか。

土蔵もまだけっこうあります。このあたりにこんな古い建物がたくさんあるなんてΣ(゚д゚;)

歯医者の隣の和菓子屋さんに「天の園」という栗蒸し羊かんがあったので、買ってみましたmoneybag「天の園」は東松山出身の作家打木村治の作品で、主人公の小学校時代の小説です。そして、中学時代が「大地の園」。豊岡町や石川製糸も舞台になっているのですscissors

そのお菓子屋さんで蔵造り銀行について尋ねてみたところ、「そこの公園になってるところにあったんですよ、しばらく前に壊しましたが」と言うではありませんかsign03

Photo

そこは角地で、古い道の交差する良いところでした。ここが・・・despair

あとで調べたところ、札の辻、高札場があったところらしい。

でも、何銀行なんだかも聞くのわすれてしまったsad

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土蔵造り銀行を訪ねて 東松山編2

通りに出てみると、立派な町屋&洋館が並んでましたsign01ここだけ切り取ると、ロケに使えそうな感じ。Photo_4

Photo_5この木造とレンガの蔵の間には奥から車が出入りする門があり、そこに魔除けの絵馬が打ちつけてありました。東松山市には有名な上岡の絵馬市があるので、きっとその絵馬ですね。

Photo_6  隣の白い洋館は歯医者さんでした。

看板もまさしく病院の看板です。ちゃんと手書きです。とってもレトロです。

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まわりにはまだ蔵造りの建物などが点在してます

この建物にはなんとwobblyPhoto_9

埼玉新聞東松山通信部の看板がかかってます。さすがに今はここでやってなさそうですが・・・でも看板は当時のままってsign02

いいんですが、さりげなさすぎて動揺してきました。でも、驚きはまだまだ続きますcoldsweats02

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土蔵造り銀行を訪ねて 東松山編1

Yakyuu 東松山は自動車で通るばかりで、初めて歩いたのですが、銀行と名物ヤキトリのために行ってみたかったところ。

まず行ったのは箭弓稲荷神社。予想を超える大きさと彫刻のすごさsign03江戸、東京からもたっくさんお参りにきたみたいです。埼玉三大稲荷?の筆頭か。

今回は、所在情報があいまいだったのですが、今までの訪ねてシリーズの経験から、だいたい昔の商業の中心地区にあるので、まずは、市役所方面に向かって現在銀行がある商店街を歩いてみました。

銀行が4つ(種類)もあるし、お店もたくさんならんで人通りもあり、けっこうにぎわってる感じ。でも、古い銀行や蔵は見当たらず。建て替えちゃったのかな、と思っていたところ、地図に東松山市文書庫を見つけました(ねずみさんがhappy01)。不動堂がある曲がった道を過ぎて歩いて行くと、Photo

住宅の間から巨大な建物が。これです。

こちらは裏側ですが、3階建ての倉庫です。

Photo_3

そして振り返ると、きれいな蔵が続いているではありませんかshineなんのお店かな~

腰壁がレンガ積みになっています。白・黒・赤の色合いがきれいheart02

Photo_2

道沿いに蔵壁が続いていて、梅が咲いてたりして、急に良い感じになってきました。

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土蔵造り銀行を訪ねて 金沢 その7

Photo_9 側面には、やけに大きな扉がありますが、出入り口ではなく、窓だということです。内側からはよくわかりませんでした。

右手前の張り出し部分は出入り口です。

元は車寄せだったとか?

Photo_10 その内側のドアです。

Photo_11

このドアには蛇腹の扉がついてました。

これも黒須銀行と同じです。いい取っ手が付いてるけど。

蛇腹も洋風なのかな。

ちなみに全国の土蔵造り銀行で県指定になってるのは、旧金沢貯蓄銀行と旧稲橋銀行足助支店(大正元年。足助中馬館horse)だけ。(国指定はありません)

金沢の場合、これだけ洋風を取り入れて、凝ったことやるなら、全部洋風にもできたはず。やっぱり経費の問題じゃなくてわざわざ土蔵にしている、っていう感じがします。和洋折衷というより、和魂洋才の建物って感じpunch

でも金沢の中ではぜんぜん目立ってないのが、金沢らしいですねえcoldsweats01

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土蔵造り銀行を訪ねて 金沢 その6

Photo_7 銀行といえば、このカウンターが特徴的です。お客側は石張りの床で、執務側は1段高くなっています。

お客は立って、銀行員はイスに座っての応対。そんな感じで、目線が合うようになってるみたい。

また、右手L字に曲がっているところなんか、黒須銀行のカウンター柱の痕跡に通じるところがあります。

Photo_8 銀行といえば、やっぱり金庫dollar

この建物では地下に金庫室が造られていましたsign01

手摺の左奥に見える床の四角いところが、明りとりの窓なのですよflair

部屋の状態が悪いということで立ち入り禁止になっています。

金庫室の中には、古い金庫と書類用のスチールキャビネットがあります。

地下に金庫室を作るという発想、上屋が焼けても地下は残るという。江戸の土蔵なんかはそういうことしてたし、金沢も都市だから、そういう経験値があったのかも。

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土蔵造り銀行を訪ねて 金沢 その5

もうひとつの部屋は、今は資料の展示室になっていました。

Photo_4 同じ部屋なのにずいぶん違います。

「集金人室」だったということです。

Photo_5

Photo_6 正面奥(アーチの内側)から集金人室。

やっぱり立派な電話ボックスと、裏出口があります。

電話も銀行には欠かせないアイテムでしたtelephone

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土蔵造り銀行を訪ねて 金沢 その4

みどころはまだまだnotesPhoto

アーチの左右には部屋があり、入口もこんなデザインになってる。

中に入ると

Photo_2 Photo_3

ちょっと暗いですが、重厚な装飾の部屋shine照明は、もっと立派なのだったそうです。

土蔵造り銀行、なんか質素なイメージがくつがえされるのですが、これも金沢という土地柄を考えるとおもしろいring

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土蔵造り銀行を訪ねて 金沢 その3

Photo_7 カウンターの柱とかも凝ってるし。

Photo_8 客だまりの天井も高くて。

この天井は、例の庇部分にあたるわけ。中が広く感じる。

Photo_9 ここがこの銀行のみどころeyeらしい。

奥がなぜかアーチになってるし、柱とか壁とかの装飾。

イベントやる時は劇場みたいに使えそうだけど。当時はどう使ってたんだろうangry

外側は立派な真っ黒い土蔵造りriceball、内側は一生懸命の洋風bell

この違和感が和洋折衷ってことなのかな。

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